うみ・ひと・まち 宮城県七ヶ浜町
ホーム » 七ヶ浜町民便利帳トップページ » 姉妹都市プリマスの紹介と交流の歴史
七ヶ浜町では開村100周年と明治に開設された高山外国人避暑地「高山国際村」の開村100周年を記念して、地勢、産業、人口が類似しているプリマス(アメリカ・マサチューセッツ州)を姉妹都市締結の候補地に選び、1989年に調査団を派遣しました。
翌年8月には高校生10名と赤間町長がプリマスを親善訪問し、約1週間のホームステイを体験しました。プリマスの人たちは親善大使として訪れた子どもたちにとても感動し、「友好都市」が結ばれました。そして、わずか2か月後の10月にはトンプソン議長(首長)を団長とするプリマス親善訪問団が来町し、「姉妹都市締結」の調印が行われ、町の新たな国際交流の歴史が始まりました。
1990年10月 3日(姉妹都市締結の日)
姉妹都市提携の同意
マサチューセッツ州プリマス町・宮城県七ヶ浜町
七ヶ浜町とプリマス町は、長く国際交流を行う。 七ヶ浜町の公式訪問団と中・高校生がプリマスを訪問したことにより、交流が将来に確立される基礎をつくりあげた。 私たち二つの地域社会は、経済、教育、文化、スポーツ等を通じての交流を奨励し助長するため、姉妹都市の関係を確立し、相互理解を深めるべきである。 日本国宮城県七ヶ浜町民とアメリカ合衆国マサチューセッツ州プリマス町民の間には、姉妹都市の関係が今後とも存在することになる。 宮城県七ヶ浜町において1990年10月3日に私達は以下に同意をもって調印する。
|
アメリカ東海岸のマサチューセッツ州南部にあるプリマスは、ボストンからはおよそ60キロ、ニューヨークからは320キロに位置する人口約6万人のリゾート地です。
1620年、イギリスからメイフラワー号に乗った清教徒が新大陸に上陸、その地をプリマスと名付けました。美しい自然と豊かな海に恵まれ、博物館が数多くあり、アメリカ初期の風景や多くの史跡が保存され、「アメリカ発祥の地」あるいは「アメリカの故郷」とも呼ばれ、多くの観光客が見学に訪れる有名な所であります。
1620年9月6日イギリスのプリマス港から清教徒102名が、わずか180トンほどのメイフラワー号で大西洋を渡り、1620年12月21日、新大陸(米国マサチューセッツ州南東部)にやっとの思いでたどりついたのでした。待っていたのはニューイングランドの厳しい寒さと病、そして食料不足でした。最初の冬には半数以上の人々が亡くなりました。人々の希望はやがて絶望に変わりました。しかし、生きのびた人々へ援助の手を差し伸べたのが先住民族、インディアン酋長のマッサソイトでした。やがてインディアンと清教徒との間に条約が結ばれ、トウモロコシの栽培法やメイプルシロップ、魚の取り方など、新大陸での暮らし方をたくさん教えたのでした。
1621年の秋には、切開いた大地に作物が豊富に実り、清教徒たちは再び新大陸に希望を持つようになりました。そして明るい未来を祝って、マッサソイトを含む90人のインディアンとともに特別に感謝する日を設け、祝宴が開かれました。これがアメリカでとても有名な「感謝祭」の始まりなのです。
その後、イギリスから新しい開拓者たちが次々と新大陸に移り住みました。植民地はだんだんと拡がり、現在のアメリカの基礎を築くことになったのです。プリマスは、アメリカ発祥の歴史そのものなのです。
鎌田助役を団長とする姉妹都市調査団10名がプリマスを表敬訪問
プリマス・七ヶ浜 両町の議会で姉妹都市締結を承認
姉妹都市締結1周年記念‐産業視察団7名を派遣
第1回プリマス青少年訪問団 6名を受入れ
第2回青少年海外研修生(中・高校生)14名を派遣
女性の翼海外研修で10名をプリマスに派遣
第3回青少年海外研修生(中・高校生)17名を派遣
プリマス北高校へ留学生(高校生)1名を派遣
留学生1名の受入れ、七ヶ浜国際村で研修
プリマス375周年祭に公式訪問団24名を派遣
アメリカ・ジャパンウィークへ参加
留学生1名の受入れ、七ヶ浜国際村で研修
第4回プリマス青少年訪問団9名を受入れ
プリマスみなと祭に招聘があり5名が訪問
第5回青少年海外研修生(中・高校生)18名を派遣
第5回プリマス青少年訪問団20名を受入れ
プリマス北高校へ留学生(高校生)1名を派遣
第6回青少年海外研修生(中・高校生)18名を派遣
第6回プリマス青少年訪問団及び教育関係者17名を受入れ
プリマス北高校及び南高校へ留学生(高校生)2名を派遣
短期ホームスティで高校生1名を受入れ
第7回青少年海外研修生(中学生)15名を派遣
第7回プリマス青少年訪問団13名を受入れ
短期ホームスティで高校生1名を受入れ
第8回青少年海外研修生(中学生)11名を派遣
短期ホームスティで高校生1名を受入れ
七ヶ浜国際村(電話:357-5931)
![]()